宝塚 ライビュ専科の地方民のブログ

宝塚を「好き」という気持ちを因数分解してみたい、という思いで綴っています

清く正しくたくましく OSK日本歌劇団100周年



OSK日本歌劇団100周年!



100周年を迎えたOSK日本歌劇団の記念式典



OSK日本歌劇団が創立100周年記念式典 「レビュー春のおどり」公演は来月5日から



1世紀華やかに祝う OSK日本歌劇団100周年式典 大阪



OSKの名物、パラソルに花吹雪の量が半端ない!

OSKは1922年、大阪松竹座開場に合わせて専属の「松竹楽劇部」として誕生。大阪を拠点に、戦前・戦後期にかけて、宝塚歌劇団、松竹歌劇団(SKD、96年解散)とともに3大少女歌劇として黄金期を築いた。


親会社の支援打ち切りで2003年に一時解散したが、有志が「存続の会」をつくり、レビューのともしびを守ってきた。

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OSK日本歌劇団 PR動画



OSK日本歌劇団100周年記念公演「レビュー 春のおどり」スポット映像
※今のトップスターは、動画に出てくる楊琳(やんりん)さん。


パラソル可愛い💛

コロナに負けるな!桜咲く国レッスン映像(OSK日本歌劇団)


戦前は宝塚少女歌劇団、姉妹劇団SKD(松竹少女歌劇団)と並び3大歌劇団と称されたOSKも、


戦後は松竹の手を離れ、奈良の近鉄あやめ池遊園地でアトラクションのショー部門的な位置づけに。


1996年に姉妹劇団SKD(松竹歌劇団)が解散し、




OSKも、近鉄の経営難により2003年解散。




当時は宝塚も、本拠地の大劇場が土日でも当日券多数が珍しくないような状況で、ヅカファンとしても他人事ではなく。


「私の好きな少女歌劇のレビュー的世界は、世間的にはもうオワコンなのかなあ」と寂しかった記憶があります。


OSKは団員たちの存続活動により、自主公演を開催するも、団員のお給料の支払いにも事欠くようになり、民事再生法による再生手続きを受けたりと波乱続き。


OSKのモットーは「清く、正しく、たくましく、どこにでも花を咲かせる雑草魂!」


そんな中、OSK存続のための署名活動を知った、かつての運営元の松竹が手を差し伸べ、大阪松竹座で66年ぶりに「春のおどり」を開催できることに。


その「春のおどり」を客席で見ていたのが、宝塚音楽学校の受験に失敗し、落ち込んでいた一人の少女。


後のOSK100周年トップになる、楊琳(やんりん)さんでした。


※OSKは23歳まで受験可能



平成16年、大阪松竹座で66年ぶりに上演された「春のおどり」。その舞台を母親と見ていたのが現在のトップスター、楊琳(やんりん)だ。当時18歳。宝塚音楽学校への受験に失敗し、失意のどん底にいた。


通っていたスクールにいたOSK卒業生にすすめられて観劇に訪れた。「すごい舞台でした。気迫というか喜びにあふれているというか。真っ暗だった目の前がパーッと開けたんです。あぁ生きる目標を見つけた-そんな感じでした」。OSKに入る決意を固めた。


あれから18年。トップスターとして100周年記念の舞台を務める。


「OSKの魅力は雑草魂というか、どこにでも花を咲かせる力強さ」と楊琳。「見た人へのパワースポットになればいい。そして劇場のどこかにいるあのときの私のように、夢を見失った少女にもう一度、夢を与えたい」と話す。(田所龍一)



今は、ITコンサルティング会社のグループ会社という位置づけで活動しているそうです。



OSKは大阪松竹座や京都南座、新橋演舞場などで定期的にレビュー公演を行っています。


コロナ禍で状況が変わってしまいましたが、訪日外国人旅行客向けのミニレビュー公演や、中学校を訪問してダンスの実技指導なども行い、


宝塚とはまた違った方法で、日本のレビュー文化の裾野を広げてくれています。


OSK日本歌劇団創立100周年記念公演「レビュー春のおどり」


期間
大阪松竹座公演:2月5日(土)~2月20日(日)
新橋演舞場公演:3月25日(金)~3月27日(日)



第一部『光』:演出・振付 山村友五郎・尾上菊之丞・藤間勘十郎
第二部『INFINITY』:作・演出 荻田浩一


宝塚の植田紳爾先生のご子息の山村友五郎先生、元宝塚の演出家荻田浩一先生の名前もありますね。