宝塚 ライビュ専科の地方民のブログ

宝塚を「好き」という気持ちを因数分解してみたい、という思いで綴っています

『ELPIDIO(エルピディイオ)』感想



※ネタバレ感想です。



ミュージカル・ロマンティコ
『ELPIDIO(エルピディイオ)』
~希望という名の男~
作・演出・振付/謝 珠栄   


植民地が次々と独立し、隆盛を極めたスペイン帝国が終焉を迎えた20世紀初頭のマドリード。


国の将来を憂える男達が集う酒場 Camino(道)に、仲間たちからロレンシオと呼ばれる男の姿があった。


かつて死に直面しながらも命を取り留めた過去を持つ彼は、生きる意味を求め彷徨う中、この街へと辿りついたのだった。


ある夜、何者かに襲われたロレンシオが連行されたのは、軍の大佐でもあるアルバレス侯爵の館。


侯爵と瓜二つの顔を持つロレンシオは偽の身分証を所持していたことで脅され、替え玉となるよう迫られる。


ELPIDIOというペンネームで新聞に詩を投稿していた彼は、それを続けることを条件に替え玉となることを受け入れるが、侯爵の妻パトリシアに偽物と見破られてしまう。


侯爵と離婚協議中であったパトリシアは福祉活動に従事しており、同じ思想を抱くロレンシオと次第に惹かれ合い、二人は恋に落ちていく。


侯爵家の人々に見守られながら様々な事柄に向き合ううち、ロレンシオはようやく自らの使命を見出していき…。


弱者に寄り添うELPIDIOの詩に触発された人々が“希望”を胸に行動を始める中、この世に蔓延する嘘の在り方に対峙する偽侯爵ロレンシオは、スペインが抱える問題を如何に解決していくのか。


そして、彼の本当の名に込められた意味を見出すことが出来るのか。

『ELPIDIO(エルピディイオ)』の時代背景、『NEVER SAY GOODBYE』前夜のマドリード


かつて、世界中に植民地を持ち、「日の沈まぬ国」と呼ばれたスペイン。


キューバなどの農園で、奴隷を鞭打って、タダ同然で働かせることで成り立っていた経済モデルは、植民地の相次ぐ独立で破綻。


スペイン本国では、農村の大地主や教会が既得権益を手放さないので、新しいビジネスが芽を出せないままの、旧態依然とした社会。


20世紀になっても、スペインは国民の半数が文字を読めない、というヨーロッパで最も遅れた国となり果てておりました。


社会に不満を持った労働者たちの間に、社会主義運動が広がります。


1909年、軍部はモロッコとの戦争を開始し、市民が「今は戦争どころじゃないだろ!」と反対。


同年7月バルセロナで、戦争に反対する市民と、弾圧する軍部による衝突は内戦の様相を呈し、多くの犠牲を出して「悲劇の一週間」と呼ばれました。




「悲劇の一週間」から3年たった1913年。王妃様が6人目の子ファン王子を出産した慶事に沸くマドリード。


偽りの身分証と「ロレンシオ」という偽名を使い、酒場 Camino(道)でギターをつま弾きながら国の未来を憂える男(鳳月)と、


ロレンシオを兄のように慕う、「悲劇の一週間」で両親を亡くしたセシリオ(彩海)。


ロレンシオはひょんなことから、強権的な抑圧で怖れられる、軍の大佐アルバレス侯爵の替え玉となることを要求されるが、あっさり離婚協議中の妻パトリシア(彩)に見破られ・・・



感想:ウーマンズリブ演劇とおもいきや、メンズリブ演劇でもあった


※最初に管理人の立ち位置を申しますと、私は戸籍上は女性ですが、子供の頃から「自分は女である」ことがどうにも受入れられず、しかし男性になりたいわけでもなく生きています。



お芝居の冒頭、女性新聞記者マグダレーナ (白雪 さち花)が


「情けないオトコどもめ!抑圧された女性たちの声を聞けえ!」なノリで演説を始めるので、


最初は「これは、男達よ、フェミニズムを知れ!と啓発する演劇かしら」と思いきや。



理性的で、女性を対等な人間として尊重し、対話する「フェミニストが理想とする男性」像の化身のようなロレンシオが、


ひょんなことから,


住民から強権的態度を恐れられ、妻に対して高圧的に振る舞う、「有毒な男性らしさ」の権化のようなアルバレス侯爵のフリをせざるをえなくなる、


Vol.1 “有毒な男らしさ”を考える - NHK みんなでプラス


という、シチュエーションコメディの作り方がまずお見事。



しかし、お芝居はあっさりバレる。


アルバレス侯爵の家父長的な「有害な男らしさ」に傷ついていたパトリシアと、スペイン政府に迫害されていたキューバで育ったロレンシオとが「偽の夫婦関係」を続けるうちに、


アルバレス侯爵も、彼らの母国スペインの、時代遅れの家父長的で強権的な政治・軍事システムの犠牲となって撃たれた真実に行きつく。


ロレンシオは、なりすましで得た権力を使って、国王に正しい権力の使い方を直訴し、


女性たちによる、スペインのモロッコ派兵への反対デモが王妃様の心を動かし、王妃から国王へのとりなしによって、事態の鎮静化につながるという、


「シスターフッド」(女性同士の連帯)の視線もある。


(ちなみに、芝居の冒頭で生まれたファン王子の子が、その後のスペイン内戦とフランコ独裁後の混乱を治め、民主化を進めたフアン・カルロス1世)




笑いに包みながら、フェミニズムはウーマンズリブのみならず、メンズリブの問題でもあることなど、現代のフェミニズムの論点を提示する手法が上手いなあと思いました。