愛月ひかるはなぜトップになれなかったのだろう
愛月ひかる、異例の退団インタビュー
専科のお話をいただいた時は辛い思いもありましたが、専科時代にさまざまな組の下級生と接することで、私の姿を見て学んでくれている後輩たちもたくさんいるんだということに気付き、上級生としてもっといろいろと見せていかなければという自覚が生まれました。もっと自信を持っていいんだと。
さらに専科への異動から9か月後、星組へと異動。「星組に異動した時点で自分の中で退団を決めたので、もうやるしかないし、悔いは残したくないと。周りからの批評などをまったく気にしなくなりました。
そうかあ。
もしも彼女が専科生として残っていれば、凪七瑠海路線、ゆくゆくは夏美よう路線の道もあったのだろうか。
専科から星組の組子となった時点で、このまま在団して将来トップになれるかなれないか、についてのお話があったのかなあ。
愛月さん、新人公演主演経験4回の御曹司。
劇団は愛月ひかるを初の宙組はえぬきトップにするべく育てたのでしょうし、彼女もトップになるべく精進していたのでしょう。
宙組時代、新人公演卒業後の愛月ひかるは、正直、ルキーニでもブレイクしていなかった。
考えたら、愛月ひかるが初めてブレイクしたのって、専科時代に礼真琴の2番手時代の全国ツアー公演「アルジェの男」に出演した時だったように思います。
ファンとしては正直、もっと早くブレイクしていれば、あるいは研10までに組替えして心機一転していれば、と思うこともあります。
が、専科での気づきがあってこその、星組時代のあのダンディズム、
退団という「男役愛月ひかるの鼓動が止まる日」を見据えていたからこその「愛ちゃんの死」、
だったのですね。
宝塚93期はなぜ谷間の世代のようになったのか
近年の宝塚の黄金世代は、89期と95期でしょう。
90期~92期でトップは真風1人、94期もトップは珠城1人。
すぐ上が詰まっていたわけでもないのに、93期の御曹司3人は、2番手になるまで組ファン以外の話題にあまりのぼらない「サイレント御曹司」の時期が長かったように思います。
世代論で考えてみると、
93期の愛月ひかるは、2007年初舞台、新人公演主演をしていたのは2010年~2012年ごろ。
93期を世代論で考えると、93期の路線が新人公演の主演をしていた時期って、100周年直前、伝染病が流行っていたわけでもないのに、宝塚の観客動員が低迷していた苦しい時期だったんですよねえ。
2014年の100周年でわっと盛り上がったのですが、その華やかな2014~2015年頃に新人公演主演をしていたのが花の95期。
93期の御曹司が、新人公演卒業後、自らの男役像の確立と、会のファンを増やしていかねばならない壁に悩んでいた時期に、
100周年以降、ライトファンがわっと増えた宝塚の話題や注目が、花の95期のほうに集まりがちだった。
その後の96期~99期あたりまでが、宝塚音楽学校のゴタゴタのせいもあったのかなあ、4学年あって、トップになりそうなスターが2人(+1?)という事態になり、次のスター候補は3桁台の学年に。
下がいない分も埋めるように、95期神7は箱押しされ、93期の「サイレント御曹司」感がでてしまったのだろうか。
愛月ひかるの2・5次元や韓流と相性が悪そうな芸風
そして100周年以降、ライトファンの増加により、宝塚にも新たな価値観が持ち込まれたと感じます。
東宝ミュージカル的「歌うまは正義」もですが、
特に若い10代から30代のライトファンって、宝塚ファンになる前の「エンタメ体験のベース」が「2.5次元」と「韓流」のように思うのです。(東宝ミュージカルのチケットは、学生や新社会人にはお高くありません?)
95期の両巨頭、柚香光の2.5次元のハマりっぷり、礼真琴の韓流スター的個性。
Wれいの人気は、100周年以降流入したライトファンの嗜好にピタッとはまったゆえではないか、と。
愛月ひかるの個性、彼女が大切にするクラシックな男役の良さって、2.5次元とか韓流とは対極のところにある気がします。そこが100周年以降の宝塚で、彼女の人気が伸び悩んだ理由の一つかもしれない。
個性が被る真風宙体制よりも、礼真琴の2.5次元/韓流的な個性の隣でこそ、愛月ひかるは輝けたのでしょう。