宝塚 ライビュ専科の地方民のブログ

宝塚を「好き」という気持ちを因数分解してみたい、という思いで綴っています

『月の燈影(ほかげ)』感想






江戸時代後期、市街拡大により「江戸」に加えられて間もない、欲望渦巻く危険な新興地だった大川の東岸を舞台とし、再会した幼馴染の幸蔵と次郎吉の友情を軸に、そこで生きる人々の哀感を描いた『月の燈影』。


2002年、花組の彩吹真央、蘭寿とむ主演で上演し、江戸の美意識に彩られた余情溢れる世界が観客の心を捉えた秀作の再演。


この度は、幸蔵を主人公に、次郎吉と別れ、再び巡り会うまでの時に奥行を持たせ描き上げる。


文政六年、夏。向両国の通り者達を仕切る幸蔵は、借金の形に連れ去られる仲間の妹を取り戻そうと奮闘する町火消「ろ組」の次郎吉の姿を見掛け、助け舟を出す。


幸蔵の姿に、行方が分からなくなっていた幼馴染・幸の面影を見出した次郎吉は、その後を追って大川を渡り、危険な新興地へ足を踏み入れていくが……。   


※燈影(ほかげ)とは、室内などを明るくするためのともしびや電灯などの光。また、その光のうつりのこと。



文政六年(1823年)夏、


江戸 旧市街 (縣の金の字)


次郎吉(彩海 せら):借金の形に連れ去られる仲間の妹を取り戻そうと奮闘する町火消
   ↓
ー I↓ Iーーーーーーーーーーーーー
~ I↓ I ~・~隅田川(大川)~・
ー I↓ Iーーーーーーーーーーーーー
   ↓


「川向う」


隅田川東岸、無慈悲なる町 欲望渦巻く危険な新興地


淀辰(夏美 よう):「川向う」を仕切る親分


幸蔵(礼華 はる):淀辰に従わない。向両国の「通り者」達を仕切る。


芸者・喜の字(天紫 珠李):次郎吉と恋に落ちる


「通り者」達:RUDE BOYS 幸蔵の子分




作品の舞台は、東京の両国・深川周辺。


『川霧の橋』の舞台でもある隅田川の大橋界隈で繰り広げられる、下町の人間模様が描かれています。


地名の「深い川」という漢字が示すとおり、隅田川東岸は広大な湿地帯が広がり、湿気が多くて居住には適さない環境だったのですが、


江戸で起こった度重なる大火により焼け出された人々が難民のように川の向こうに流れ込み、


「川向う」は”無慈悲なる町の亡霊が闊歩する無名街”のような雰囲気だったそうです。



このお話は、時代劇の知識が無いと設定の理解が難しいところがあるのですが、


表のストーリーは「アンチ人身売買」


裏設定は「鼠小僧次郎吉 誕生秘話」


として筋が通っているので、わかりやすかったです。


あらすじ


幸蔵の姉が、借金のカタに川向うに連れていかれる。

幸蔵は、姉を取り戻そうとして殺人を犯し、堅気でいられなくなり、次郎吉との縁も切れる。

次郎吉が、借金の形に連れ去られる仲間の妹を取り戻そうと奮闘していたところ、幸蔵と再会する。

次郎吉は川向うの芸者・喜の字と関係を深める。

喜の字が弟の借金のカタに売られかかったので、次郎吉が奪還しに行く。

次郎吉は、喜の字の弟に刺されてしまう。

幸蔵は「次郎吉」と名乗り、義賊「鼠小僧次郎吉」として江戸の武家屋敷を専門に盗みを重ねる。

「鼠小僧次郎吉」は捉えられ、江戸中引廻(ひきまわ)しのうえ獄門(晒し首)となる。



管理人:「人身取引」は、女性や子どもを始めとした弱い立場にある人を、暴力や脅迫、誘拐、詐欺などの手段によって支配下に置いたり、引き渡したりして、売春や強制労働などの目的で搾取する、れっきとした犯罪です。


決して江戸時代の昔話ではなく、令和4年は、警察が46人の被害者を認知し、83件、37人の被疑者を検挙しました。



人身取引の被害者が助けを求めてきたり、被害者らしい人の情報などを聞いたりしたら、最寄りの警察署や出入国在留管理局に連絡してください。


警察庁では、「匿名通報ダイヤル(0120-924-839)」でも人身取引に関する情報を受け付けています。事件解決時には情報提供者に最大10万円の情報料が支給されます。



紅子:それは大事なことだと思うけど、


幸蔵こと「鼠小僧次郎吉」が、江戸の武家屋敷を専門に盗みを重ねていたのはいいの?ラストでみんながしんみり追悼しているけれどさ、大悪党じゃない?



管理人:「鼠小僧次郎吉」は大名屋敷のみを狙って盗みに入り、人を疵つけることもなかったそうです。


芝居で鼠小僧を「金持ちから盗み、貧民に施した義賊」キャラ設定で上演したところ、100日余も興行を続ける大当りを取り、庶民の間で英雄としてもてはやされました。





江戸後期の盗賊。通称次郎吉。


江戸堺町の劇場中村座の木戸番の子で,鳶人足となったが,身を持ち崩して盗賊となった。


文政6(1823)年以来不用心な武家屋敷の奥向ばかり狙って28カ所,32度におよんで盗みに入り,8年入れ墨,追放の処分を受けたが,その後も71カ所,90度にわたって武家屋敷を荒らし,天保3(1832)年遂に捕らえられて品川で獄門となった。


身が軽いため鼠小僧の異名を取り,武家屋敷ばかり狙ったので義賊の名が高く,50年ほど前に処刑された稲葉小僧と混同されて伝説化,英雄視されるようになった。

紅子:すっごーい。


管理人:まあ、本当に盗んだ金を貧民にほどこしていたのかどうかは不明だそうですが。



『月の燈影(ほかげ)』の幸蔵が次郎吉になるストーリーは、明治時代に書かれた「鼠小僧実記」という物語をベースにしているようですね。


実録本《鼠小僧実記》は実在の稲葉小僧(1785年捕縛)と鼠小僧とをつきまぜて物語に仕上げている。


この書によれば,神田豊島町の紀伊国屋藤左衛門の子に生まれ,貧に困って捨子となり,博徒鼠の吉兵衛に拾われ,幸蔵と名づけられて育つ。


20歳のころ上方へ行き次郎吉と変名,博徒淀辰と畳屋三右衛門を頼り,義賊を志し,江戸へ帰って盗みを働き,やがて淀辰が捕らわれて詮議がきびしくなり,高崎へのがれるが大宮で召し捕られ,引回しのうえ小塚原で獄門に処せられるのが筋である。



管理人:幕末は無警察状態だったともいわれます。封建社会が崩壊する直前の時代。盗賊やスリ、ばくち打ちなど、無頼の徒が横行しました。


『月の燈影(ほかげ)』は幕末の息詰まるような世相を生きる町人たちに降りかかる社会問題を骨太に提示しつつ、


鬱々と小雨そぼ降る江戸の町にほのかな燈影(ほかげ)のように咲く紫陽花、漏れ聞こえる哀切な三味線の音色などを情緒豊かに描写しており、


月組生たちの演技も、「川霧の橋」に続いて隅田川の大橋界隈の湿った土と空気の匂いがするようで、いい舞台でした。