面白かった『フリューゲル』感想
冷戦下の東西対立により国が分断されていた1988年のドイツ。主人公は社会主義国となった東ドイツの国家人民軍で広報を担当するヨナス・ハインリッヒ。
彼は幼少期に母がナチスに協力した罪で逮捕された過去を持ち、今は秘密裏に、政治的思想により当局にマークされた者を壁の向こうに亡命させる手助けをしていた。
民主化運動が激しくなる中、ヨナスは当局が市民の不満をそらせるための一大イベントとして企画した、西ドイツのポップスター、ナディア・シュナイダーを招聘したコンサートの責任者に任命される。
超ワガママで、東ドイツの価値観を理解できないナディアと、顔を合わせれば言い合いしていたヨナスだったが、ナディアが歌った「フリューゲル」という曲を耳にして・・・
個人的には、この数年の宝塚オリジナル作品では一番面白かったです。
一言で言えば、韓流ドラマ「愛の不時着」のような、磁石で言えばSどうしが反発していたが、いつしか反転して惹かれ合ってゆく話です。
身近な例で考えたら、
もしも韓流スターが北朝鮮で公演したら
というなかなかヘヴィなテーマを扱っているわけで、盗聴とか検閲とか、よく考えたら怖い話ではあります。
本作では西側の価値観で育ったナディア・シュナイダーが、秘密警察による盗聴や、曲の歌詞の検閲などのカルチャーショックに面食らうシーンなどを、吉本新喜劇みたいな軽いノリで客を笑わせながら、テンポよく進めていて、面白く見ることができました。
ただね。
多くの市民が秘密警察に密告され処刑された共産主義時代の話を、面白おかしくハートウォーミングに描いてよいのか、客は笑っていいのか。
日本で生まれ育った私には、正直わかりません。ジョージア大使がご覧になったらどう思うのでしょうね。
でもソ連時代のロシア人も、「アネクドート」というロシアンジョークをこっそり語っていたそうですからね。
たとえば、
Q: 国家の指導者をバカと呼んで、同志ミクーリンが侮辱罪でシベリア流刑20年に処せられたのは事実ですか?
A: いいえ、侮辱罪は6ヶ月です。残り19年6ヶ月は国家機密漏洩罪です。
Q: アメリカとソ連の間の言論の自由についての憲法の違いは何ですか?
A: 原則として違いはありません。しかしアメリカではスピーチの後の自由も保障されています。
Q: ロシア語と英語のおとぎ話の違いは何ですか?
A: 英語のおとぎ話は『むかしむかし…』で始まります。ロシア語のおとぎ話は『同志諸君、そう遠くない未来…』で始まります。
最近では、
プーチン:「プリゴジン(ワグネル創設者)、なぜウクライナから撤退するんだ?」
プリゴジン:「君が命じたんじゃないか。ファシストとナチスはウクライナから出ていけと……」
「フリューゲル」には、ちょっと現代のアネクドート的なノリを感じました。
そして、作中キーとなる曲は、主人公が幼い頃母と歌った「フリューゲル」ですが、
真の主題歌は、
ラスト、ベルリンの壁で鳴り響く『交響曲第9番 (ベートーヴェン)』!
やっと、宝塚で生オケで第九を聴けた!
やっぱり、この曲の持つパワーは格別ですね!これを出されると、ちょっと「フリューゲル」の曲の印象が霞んじゃったかな(笑)
宝塚では、上田久美子さんが「ベートーベンはなぜ第九を作曲したのか」をテーマにした「fff」を上演していたので、ファンの間でも第九への想いが深まっていたことも、ラストの感動に繋がったと思います。
サイトー先生、そして上田久美子さんに、感謝です。