宝塚 ライビュ専科の地方民のブログ

宝塚を「好き」という気持ちを因数分解してみたい、という思いで綴っています

蒼穹の昴 弁髪ヘアにファンは耐えられるのか




宝塚の”青天”が”和もの”の客を減らしているのか


宝塚ではこういうヘアスタイルを”青天”と呼んでいますが、どうやらこれは宝塚用語のようですね。




ちょんまげの語源はゝ (ちょん) の文字?



江戸時代の男性髪型の一つで,額から頭頂部の髪を剃って月代 (さかやき) にし,残余の髪を束ねて前方に寝かせた髪型。


中世の貴族たちが烏帽子や冠をつける場合,額に毛髪が見えぬように毛を抜いたのが始まりという。



本格的に広く剃り上げるようになったのは戦国時代で、武士たちが戦場で兜をかぶると熱がこもるため、頭上を丸く剃り熱気を抜いたというのが定説となっているそうです。


江戸時代になると、お上から「庶民もちょんまげスタイルにしなさい」というお触れがあったわけでもないのですが、広く普及していきました。



中国の時代劇でも、『蒼穹の昴』の清朝の時代の男性はこんなヘアスタイルですが、





これは元々北方の遊牧民のヘアスタイル「弁髪」で、漢民族の文化ではありません。





べん‐ぱつ【弁髪/×辮髪】

北方アジア諸民族の間で行われた男子の髪形。


清国を建てた満州族の場合、頭の周囲の髪をそり、中央に残した髪を編んで後ろへ長く垂らしたもの。


清朝は漢民族にこれを強制した。中華民国になって廃止。


征服者である満州民族が、漢民族に


「髪を選ぶか、頭を選ぶか、どっちだ」


弁髪にするくらいなら、死を選んだ者もいたそうで。


そりゃあなあ・・・剃り上げって・・・


もしも私が現代でいきなり、ちょんまげとか弁髪にしろと言われたら、葛藤があると思うわ・・・




日本の江戸時代でも、公家、医者、学者、山伏たちはちょんまげではなく、髪全体を束ねたり、髪を束ねずに、後方になでつけた総髪(そうはつ)というスタイルでした。


明治維新に活躍した志士たちも、ちょんまげを結っていない者が多かったそうですが、それは新選組などに追われて床屋に行く暇も無かったから、というのが主な理由で、


武士道を重んじる新選組隊士たちは、基本ちょんまげだったと思うのですが、


最近の若い女性に人気の2.5次元舞台では、江戸時代を舞台にした作品でも、ちょんまげってほとんど見ないですね。みんな総髪系。




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昭和生まれの世代は、TVで週に4本くらいチャンバラ時代劇でちょんまげを見ていて、「江戸時代はこんなもの」と慣れて?いますが、



平成生まれの世代は、TVで時代劇ってほとんど見ていなくて、「元禄バロックロック」系の、江戸ならぬエドの世界観のほうがなじみ深くて、


ちょんまげって、中国の弁髪並みに、ものすごく遠い異文化のヘアスタイルに感じるのでしょうか。



「宝塚の和ものの青天がイヤ。贔屓のちょんまげを見たくない。今回はパス」という層に、弁髪スタイルの「蒼穹の昴」はどのように映るのだろうか。


いっそ、元禄バロックロックスタイルで、弁髪を回避するのだろうか。



ヘアスタイルだけで食わず嫌いも、人生もったいないよ!


すっごく面白いものを見逃しても、過去には戻れないよ!