宝塚 ライビュ専科の地方民のブログ

宝塚を「好き」という気持ちを因数分解してみたい、という思いで綴っています

アーサーはローラのどこに惚れたのか『ザ・ジェントル・ライアー ~英国的、紳士と淑女のゲーム~』感想

注:結末までネタバレ感想です。



メインキャスト


アーサー・ゴーリング卿(瀬央):34歳だけど29歳とサバを読んでいる、独身貴族のプレイボーイ。ちょっといかがわしいパーティを開いて人気。


ロバート・チルターン(綺城):アーサーの親友。世間的には有能で清廉潔白な真面目な政治家だが、18年前にインサイダー取引に手を染めて、出世の糸口のための資産を作った過去がある。


ガートルード(小桜):自分 の 夫、ロバート・ チルターン 卿 ほど 清廉潔白 な 政治家 は い ない と 信じ こみ、ひたすら 崇拝 し、 愛し きっ て い る。女性参政権運動をけん引する、不正、ダメ・ゼッタイな潔癖な妻。



ローラ・チーヴリー(紫):財産目当てでアーサーに近付いたものの、更に良い条件の相手と結婚するため、アーサーとの婚約を三日で破棄した過去を持つ。


メイベル(詩):アーサーと顔を合わせればいつも喧嘩になる、ロバートの勝気な妹。


あらすじ


政界一の「理想の夫婦」と評判のロバート(綺城)と妻ガートルード(小桜)。


ウイーンからやってきたローラ(紫)は、ロバートに


「私が投資している「アルゼンチン運河開発計画」を推進する議会演説をして。断ればあなたの過去のインサイダー取引を告発するわよ♪」


と、証拠の手紙をちらつかせて脅しに来る。


ロバートは、アルゼンチン運河開発計画なんて、実態の無い投資詐欺案件であると知っている。そんな演説できるか!


親友アーサーに「私は「理想の夫」でなければ妻に愛想をつかされる!妻にやましい過去を知られたくない!どうにかしてくれ!」と頼み、


アーサーは親友の為、一肌脱ぐことになるが、ローラ・チーヴリーは一筋縄ではいかない女で・・・


真面目な感想


結局ロバートの過去はガートルードにばれ、夫婦に亀裂が走るが、


アーサーが

不完全な 人間 こそ、 愛 を 必要 と する の だ。 自分 の 手 で、 自分自身 を 傷つけ た 時 こそ、 あるいは 他人 の 手 で 傷 を 負っ た 時 こそ、 愛 という もの が その 傷 を 癒してやら なく ちゃ なら ない。


      理想の夫(角川文庫)

とガートルードを諭し、



ガートルードも「人は完璧だから愛し愛されるのではない。罪も弱さも背負ったありのままの夫を受け入れ、愛していくわ」


と気づいて、めでたしめでたし。ええ話や。
  

原作『理想の夫』と『ザ・ジェントル・ライアー ~英国的、紳士と淑女のゲーム~』の違い


原作『理想の夫』のテーマは、さきほど述べたとおり


「人は完璧だから愛し愛されるのではない。罪も弱さも背負ったありのままの相手を受け入れ、愛していきましょう」


という教訓的な話だと思います。


今回の田淵先生の演出では、ローラ・チーヴリーのキャラについて原作と大きく変えている、興味深いところがありました。



オスカー・ワイルドが原作「理想の夫」を発表した19世紀イギリスは、表向きはとにかく「真面目が肝心」とされた時代でした。



ヴィクトリアニズム (Victorianism) はヴィクトリア朝期の勤勉、禁欲、節制、貞淑などを特徴とする価値観や道徳のこと。


19世紀に成長著しかった中流階級の理想を反映し、ピューリタニズムが強く表れている。文学や絵画、彫刻などに強く影響を与えた。


行きすぎた厳格さから二重規範を生み出すこともあり、しばしば上品ぶった、偽善的といったニュアンスを持つこともある。


アーサー(瀬央)は、ローラ(紫)と3日間だけ婚約していた過去がある。


ローラは、女学校で同級生だったガートルードいわく、「女学校のころから嘘ばっかりついていた」ヴィクトリアニズムとは程遠い女。


アーサーも、34歳なのに29歳とサバを読んだり、自分を慕うメイベルがいるのに、お嬢さんたちを呼んで怪しいパーティを開いたり、ちょいワルぶった、偽悪的なところがある。




原作の、ローラからロバートの過去の過ちの証拠の手紙を取り返す顛末


・ローラを騙して、彼女の腕に特殊な仕掛けをほどこした腕輪をつける。腕輪が外れなくて困っているところに「腕輪を外してほしければ、証拠の手紙を出せ」と迫り、ローラはしぶしぶ手紙を渡す。


→悔しいローラ、「あなたにおすがりします。あなたを信じます。あなたのところへ参ります。ガートルード」


という手紙を発見!これは使える💛


→戻って来たアーサーに「私と結婚して。さもなくばこの手紙をロバートに送るわ」


とゆする。



宝塚版の、ローラからロバートの過去の過ちの証拠の手紙を取り返す顛末


ローラ、✉「あなたにおすがりします。あなたを信じます。あなたのところへ参ります。ガートルード」の手紙を発見。


ローラ:「アーサー、私と結婚して。さもなくば、この手紙をロバートに送るわ。どうなるかしら?」


アーサー:「英国的、紳士と淑女のゲームをしましょう。


その手紙をロバートに送って、夫婦の愛が壊れたらあなたの勝ち。貴方と結婚します。


夫婦の愛が壊れなければ、あなたの負けだ。インサイダー取引の証拠の手紙を返してください。」


という、とんでもない賭けに打って出る。



結末


結局、ロバートは議会で、アルゼンチン運河開発計画の欺瞞を暴く演説をする。


「あなたにおすがりします。あなたを信じます。あなたのところへ参ります。ガートルード」の手紙はロバートに渡るが、


この手紙はかえって夫婦の愛を確かなものにすることになり、ローラは自らインサイダー取引の証拠を返す。


この変更により、ローラというキャラに「ゆすってくる悪者」にとどまらない陰影が生まれたと思います。



アーサーは賭けに勝ち、ローラは負けたわけだけど、


こんなゲームを賭けるほうも、受けるほうも、嘘でしか本音を言えない、似た者同士のジェントルライアーたちだなあ。


アーサーのローラへの恋も、ローラのアーサーへの求婚も、似た者同士惹かれ合った、いくばくかの本音があったのかなあ。



まとめ

19世紀末のヴィクトリア朝的道徳の下書かれた、皮肉と逆説に満ちた、裏を読ませる長セリフだらけの原作を、ウラのウラはオモテ的に、耳で聞いてすんなりわかるようにすっきり改変した脚本。


いかにも英国的な「上品な可笑しみ」に満ちた小品でした。


「正しいこと」しかしちゃいけない、うそのない正しい社会って、生きにくいよね。


紅子:ところで、インサイダー取引の件はどうなったの?


管理人:18年前のことだから、法的には時効なんじゃない?