名作出た!『ディミトリ』感想
星組公演『ディミトリ~曙光に散る、紫の花~』『JAGUAR BEAT-ジャガービート-』初日舞台映像(ロング)
『ディミトリ~曙光に散る、紫の花~』をライビュで視聴しました。
面白かった!生田先生、この潤色力、ポスト小池修一郎を狙えるのでは?
あらすじ
主人公は、イスラムの国ルーム・セルジュークの第4王子として生まれた少年(礼)。
イスラム教徒だったが、人質としてジョージアに送られることになり、キリスト教徒に改宗。王女ルスダン(舞空)に『ディミトリ』というキリスト教徒の名前をつけてもらった。
人質としてひっそり暮らすはずが、急なモンゴル侵攻による戦いで負傷した国王ゲオルギ(綺城)の死により、事態は急転直下。
ルスダンは女王に、ディミトリは王配となる。
副宰相アヴァク・ザカリアン(暁)はディミトリを警戒し、政治から排除。
モンゴルの次は、イスラムのジャラルディーン(瀬央)が攻めてきて・・・
まるで「オセロー」シェイクスピア劇のような格調高い悲劇でした
原作は、やや淡々と出来事が語られ、『ジョージアの中高生向け学習ラノベ 第4巻 モンゴルの襲来』を読んでいるような感じでした。
宝塚での舞台化にあたっては、王宮の大臣たちの陰謀画策のあれこれを、議会場や控室での大臣たちの口喧嘩やひそひそ話にせず、副宰相アヴァク・ザカリアン(暁)1人の行動に集約。
アヴァク・ザカリアンはディミトリを警戒し、政治から排除するどころか、
「ゲオルギ王が死んで一番得するのは誰かなー」と噂を流し、ルスダンが美しき奴隷ミヘイルと不貞を働くよう画策し、2人の仲を引き裂こうとする。
このアレンジにより、アヴァク・ザカリアンはシェイクスピア劇の傑作「オセロー」に出てくるイアーゴ―のようなキャラになりました。
ベニス共和国に仕えるムーア人の将軍オセローは元老院議員の娘デスデモーナと深く愛し合い,彼女の父の妨害にもかかわらず結婚する。
折しも来襲したトルコ軍と戦うべく派遣されたキプロス島で,かねてより彼に恨みを持つ旗手イアーゴーの奸計に乗せられて,妻に猜疑心を抱くようになる。
あげくの果て,彼女の不貞を確信した彼は寝台の上で彼女を扼殺するが,その直後に真実を知って自害する。…
シェイクスピア劇のイアーゴ―(白人 キリスト教徒)は、上司オセローが黒人でイスラム教徒でありながら将軍に昇りつめ、美しく若い妻と結婚し、自分を副官に任命しなかったことを逆恨みしています。
「オセロー」は、人種差別や宗教差別の問題を避けて通れない劇ですが、『ディミトリ~』にも通じる話です。
アヴァク・ザカリアンは、ディミトリがキリスト教国の出身なら、女王の配偶者を執拗に追い詰めることはしなかったでしょう。
口にはしませんが、ディミトリが、改宗したとはいえ「イスラム出身」であることが、この悲劇の根幹である。
ディミトリは、人質となる際に、イスラム教徒からキリスト教徒に改宗しています。
かの地は、信仰をアイデンティティの根幹として、とても大切にする方が多い土地柄。
ジャラルディーンと会った時に「懐かしい感じがする」と語っているのは、「イスラムというアイデンティティ」へのなつかしさもあったのかなあ。
だが、ジャラルディーンは、ジョージアの首都トビリシを攻略した際、場内のキリスト教徒に踏み絵を強い、イスラムへの改宗を拒む者を容赦なく殺害した。
残酷なシーンですが、これらの宗教問題をきちんと描写することで、『ディミトリ~曙光に散る、紫の花~』を遠い時代のロマンあふれるおとぎ話にせず、
その時代に、その地で切実に生きた人々への想いをはせることができました。
サブタイトル”曙光に散る、”紫の花”
このタイトル、
”曙光に散る、リラの花”
”曙光に散る、ライラックの花”
”曙光に散る、ムラサキハシドイの花”
”曙光に散る、シリンガブルガリスの花”
でも成り立ちそうですが、
あえて”曙光に散る、”紫の花”という表記で、固有名詞表記ではない。
ジョージアでは「ルスダンの王配」と呼ばれ、イスラム教徒のジャラルディーンからは「ルーム・セルジュークの王子」と呼ばれ、「自分の生まれた時に与えられたイスラムの名」で呼ばれないディミトリの境遇と重なりますね。
礼さんディミトリは、人生のほとんどを「人質」として感情をぐっと飲み込みつづけて生きてきた処世術をひしひしと感じました。
舞空さんルスダンは、進撃の命令を発したり、アヴァク・ザカリアンの報告を「聞きたくない」と遮る時のすっくとした手の動きに女王の威厳が満ちていて見惚れました。
マリーアントワネットとかエリザベートとか、宝塚のヒロインって政治がイヤで遊び三昧とか、旅行三昧とかが多い中、斜陽の国を引き受けて逃げなかった覚悟こそ勇気だよ。