『バレンシアの熱い花』あのラストはちょっとどうよ
ラストのセリフについての考察記事ですので、ネタバレ対策の為記事冒頭にあらすじを入れております。
ミュージカル・ロマン
『バレンシアの熱い花』
作/柴田 侑宏
演出/中村 暁
あらすじ
19世紀初頭、フランス支配下のスペイン、バレンシア。
主人公フェルナンド・デルバレス侯爵(凪七 )は、父を横暴な領主領主ルカノール公爵(朝水)に殺されたことを知り、復讐を決意する。
敵の眼を欺くため、遊び人の振りをして街の酒場エル・パティオに通ううち、踊り子で歌手のイサベラ(舞空)の瞳の中に宝石を見るようになる。
だが、フェルナンドには許嫁であるマルガリータ(乙華)がいた。
フェルナンドは、恋人シルヴィア(水乃 )を伯父のルカノールに奪われ恨みをいだくロドリーゴ・グラナドス伯爵(極美)と知り合い、共にルカノールへの復讐を決意する
イサベラの店で働くラモン(瀬央 )も、妹をルカノールの部下に殺されて仲間に入る…。
95分後のどんでん返し
先日の『応天の門』は、お芝居の冒頭30分を見て読めたストーリーは、60分後のラストシーンでも裏切られない展開でした。
柴田先生といえば、
開始30分:ジェンヌは踊る、されど進まず。
開始60分:お、やっと話が急展開。
開始90分:ああ、登場人物たちはバタバタいろいろあったけど、収まるところに収まってハッピーエン
開始95分
ロドリーゴ:「フェルナンド……!私のシルヴィアが……死んだ……!」
フェルナンド:「私のイサベラも……死んだ……!」
えええ!なんで!そんな!?ちょ、待って、これ続きは
幕
アナウンス:第1幕は終わりました。しばらくご休憩ください。
・・・
ねえ、なんでシルヴィアは死んだの?父親の助命を条件に、嫌いなルカノールと無理やり夫婦関係を結んでいたんでしょう?
フェルナンドがルカノールを殺してくれたんだから、元カレのロドリーゴと幸せになったらいいじゃない!
イサベラ、ラモンと幸せになったらいいじゃない!
この、観ている最中よりも幕切れ後のほうが観客の心をとらえて離さない、95分後の意外な結末。
シルヴィアの死を考える
観劇後につらつら考えて見ると、シルヴィアの死は、それほど
”どんでん返し” とか ”surprise ending”
という訳でもありません。
スペインは厳格なカトリックの国。19世紀初頭は、貴族の娘は女子修道院で聖書の教えを叩きこまれ、卒業後はすぐに親の決めた相手と結婚します。
カトリック教会の教えでは従来、結婚は終生にわたる神聖なもので、離婚は認められない。
シルヴィアは父の命乞いとの引き換えとはいえ、神の前でルカノールの妻になった。
シルヴィアは、フェルナンドにルカノールの居場所を教え、間接的に暗殺に協力した。
敬虔なカトリック教徒のシルヴィアには、極悪人の夫であったとはいえ「夫殺しの罪」は抱えきれなかったのではないでしょうか。
イサベラは本当に死んだの?
イサベラは本当に死んだのか?
仮説1 別れた女は死んだ女と同じ、という”ものの例え”説
こっちであってほしいです。
でも、ものの例えでこんなことを言ったら、ロドリーゴに
「いや、こっちはものの例えではなくて、本当に死んだんだよ!」
と言われそうですよね。
仮説2 酒場の女として「擬似恋愛」で対価を得るビジネスに向いておらず、メンタルを病んでしまった
19世紀は、パリ・オペラ座のバレリーナも、男性のパトロンと色恋営業をしなければ生き抜いていけなかった時代。
街の酒場の踊り子や歌手は、今でいう水商売の女性たちで、純粋に芸を売るのではなく、色恋営業や疑似恋愛で対価を得て生きていたのでしょう。
主人公フェルナンドが、許嫁がいながらイサベラと二股をかけて都合のいいことをしているのも、素人の町娘相手でなく、玄人相手のことと思えば、まあ、わからなくもない。
でも、イサベラは、水商売には向かないメンタルで、心を病んで命を絶ってしまったのでしょうか。
見終わって考えたら、復讐というより忠臣蔵のような”仇討ち”もの(偽装工作で酒場で遊ぶとか、死に際に実は親子と告白とか)で、恋愛面でもずいぶん古風な価値観の男女のお話なのですけれども、
観ている間はいらんことを考えさせず、女性客をうっとりさせる。
これぞ柴田マジック。
凪七さんは、古風なネタの手品を鮮やかにプレイして、観客に新鮮なオドロキを与えてくれたと思います。