帯付き原作を買って読まずに予習したい時は
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「蒼穹の昴」は、文庫本にして4巻、原稿用紙1,800枚分に及ぶ超大作です。
1996年、既にほとんどの作家はワープロで原稿を書いて、💾フロッピーディスクに保存して納品していた時代に、
浅田次郎先生は段ボールに手書きの原稿1,800枚を入れて、台車に乗せて講談社に納品した、という伝説が・・・
そして作品の冒頭は
貧しき 李 家 の 四 哥哥、 小 李 よ。
汝 の 生まれ たる は 光 緒 二 年 十月 十一 日。 その 夜 の 二十八宿 星 の あり かを 記し たる 蓋 天 図 が これ に ある。
わから ず とも 良い。 これ こそ が 母 の 胎内 より 汝 の 生まれ 落ち たる 刹那 の、 空 を 蓋 いたる 星 々 の 姿 ぞ。
汝 の 守護 星 は 胡 の 星、 昴。
この 夜、 天 と 地 を 分かつ 北斗七星 は、 その 斗 の 柄 を 天 の 極み に 輝く 昴 に 向け た。 天子 の おわす 紫微 の 宝 宮 を、 その 斗 にて 掬い 取れ と お 命じ に なっ た の じゃ。
幼き 糞 拾い の 子、 小 李 よ。
汝 は 必ずや、 あまねく 天下 の 財宝 を 手中 に 収 むる で あろ う。
浅田次郎. 蒼穹の昴 全4冊合本版 (講談社文庫)
謎の老婆による、いかにもな予言、その後、4巻中最初の1巻は、ほぼ科挙の受験地獄の話、
それと並行して
「宦官に、おれはなる!」
という話が続く・・・
え、正直、面白いのかって?
それが、面白いんですよ。
浅田次郎氏の、漢字表現の選び方のセンスがすばらしくて、
正直、「燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや」とか、日本での日常会話には使わない漢語表現も多いのですが、
字面を見たら、初見の単語でも、意味はなんとなくわかる!
北京の下町の雑踏のやかましさ、
紫禁城の部屋の隅に沁み込んだカビ臭いにおい、
西太后の豪奢な晩餐を入れた器を運ぶ宦官のこわばった顔、ほのかに洩れる湯気の香り、
漢字そのものから、音が、匂いが、絵画が立ち上る。
漢字文化圏でよかった!これ、アメリカ人にわかるかなあ、わかんないかもなあ。
ただ、原作を帯目当てに買おうかなあ、どうしようかなあ、と思っていらっしゃる方は、
この公式サイトから、原作の一部を「試し読み」できるので、どんなものか試し読みしてから、帯付き原作の購入を検討されてはいかがでしょうか。
全体を通して印象的だったのは、浅田次郎氏の
現代の日本人の多くは、世界史について、アメリカやイギリスが中国を見る目をなぞって中国を見ているのでは?
という視線です。
巷では西太后は「贅沢三昧で国を潰し、ライバルのお妃を残酷な手段で次々に殺した、とんでもない悪女だった」
と言われていますが、この話は捏造も多い(ライバルの妃たちはほとんどが穏やかな余生を送り、寿命で亡くなっている)
これも、19世紀に中国に進出したいイギリスやフランスからすれば、「西太后は偉大な外交家であり、偉大な政治家だ」という報道をするわけがない。
「イギリスやフランスが、稀代の悪女西太后に牛耳られている中国に、近代化をもたらしてさしあげよう」という構図を世界に報道するほうが、自分たちを正当化できる。
宝塚ファンである私も、毎公演のように19世紀の西洋の、軍服の男役とドレスの令嬢の物語を観てきて、
知らず知らず、西洋的な視線で西洋以外を見ているかも、という気づきがありました。
浅田さん
歴史に善と悪はないはずです。結果的に成功と失敗はあります。けれど西太后にしても袁世凱にしても、一つの政権をとって国を動かしたのだから、善悪以前に偉大な人間だったことは間違いないでしょう。
そう客観的に考えると、例えば私たちが考えている西太后像というのは西洋史観にもとづいた「悪女」です。
アヘン戦争で滅びるはずだった政権を40年も50年も保たせたのだから、実際の彼女は、偉大な外交家であり偉大な政治家です。そこを考えて、私は私自身の人物像を考えました。
https://books.rakuten.co.jp/event/book/interview/asada_j/20080731/