『カルト・ワイン』感想
21世紀初頭のニューヨーク。
狂乱のヴィンテージワイン・オークション会場に華やかに登場するのは、高級スーツに身を包んだヒスパニック系の男、カミロ・ブランコ。
誰もがその名を知る、若きワイン・コレクターだ。
羽振りの良さ、膨大な知識、確かな舌、上品な物腰と人懐っこい性格で信用を得たカミロのコレクションに、人々はこぞって高値をつけていく。
だが、そのほとんどは安ワインをブレンドして作られた偽造品で、カミロという名も偽名だった。
彼の正体は10年前に貧しい中米の国・ホンジュラスから入国した不法滞在者、シエロ・アスール。
マラスだった彼は、殺るか殺られるかの暮らしから抜け出すため、幼馴染のフリオと共に命懸けの旅に出たのだった。
シエロは何故ワイン偽造に手を染め、如何にして業界を揺るがすワイン詐欺師となり得たのか?
貧しい一人の青年が、被害総額1億ドルの偽造ワイン事件犯として投獄されるまでを描いた、ちょっぴりビターなスウィンドル・ミュージカル!
栗田先生の『カルト・ワイン』は、
一歩外に出ればやくざの流れ弾に当たって死ぬかもしれない、一番墓場に近い国ホンジュラスと、
狂乱のヴィンテージ・ワインバブルに酔う、21世紀初頭のニューヨークを舞台にした、墓場と酒場の二幕芝居。
真面目に生きてりゃ100年かけても体験できない人生を、30幾つで味わい尽くしてまだ満足していない食わせ物の青年シエロに、セレブたちがいっぱい飲まされる痛快なお話。
英才教育の割に味覚はイマイチなお嬢さまソムリエのヒロイン(春乃)との関係描写があっさりだなあ、とか、もうちょっと見たい要素もあるのですが、
むずかしいことをやさしく、まじめなことをあくまでゆかいに、ちょっぴりビターなスウィンドル・ミュージカル!に仕立てた快作なのではないでしょうか。
シエロの作ったワインは、日本でも流通している・・・かも
『カルト・ワイン』の元ネタになった、全米を揺るがした偽造ワイン事件がありました。
犯人は、ルディ・クルニアワンという、インドネシアからアメリカに来た不法滞在者。
懲役10年の刑を受け、7年で出所してインドネシアに強制送還されています。
ルディが手掛けた偽造ワインのうち、FBIによって回収された偽造ワインはごく一部に過ぎず、多くの偽造ワインはいまだに行方がわからなくなっているそうです。
欧米では、ルディ・クルニアワンが起こした偽造ワイン事件は広く報道されましたが、日本ではあまり報道されていなかったような・・・
行き場を失ったルディのワインは、偽造ワインへの警戒心が薄いアジア市場に流れてきているという話もあります。
皆様、ヴィンテージワインを買う時は、気を付けましょうね。
栗田 優香さんは「むずかしいことをゆかいに」プレゼンできる方ですね
栗田 優香さんは、プレゼンの達人だと思います。
作品を作る場合に、原作や、元ネタとなる史実や歴史上の人物がある場合、当然膨大な資料を調べる必要があります。
世の中は、むずかしいことだらけ。
「むずかしいことをむずかしく」書くのは簡単。
でも、宝塚の舞台を見に来る客は、贔屓のカッコイイ姿を見たい!楽しい時間を過ごしたい!と思って劇場にやってくる。
ハンガリーで生まれながら、ハンガリー語を話すことができなかったピアニストの、アイデンティティの苦悩とか、
科挙の試験に首席で合格した、エリート中のエリートの「学問を磨き知を広め、帝を扶翼し奉る重き宿命を負うた」苦悩とか、
いきなり「むずかしいことをむずかしく」言われて、正直そんなむずかしいことを急に言われても・・・と戸惑うお客さんもいらっしゃるかもしれません。
劇作家の井上ひさしさんは、
むずかしいことをやさしく、
やさしいことをふかく、
ふかいことをおもしろく、
おもしろいことをまじめに、
まじめなことをゆかいに、
そしてゆかいなことはあくまでゆかいに
とおっしゃっていました。
むずかしいことを愉快にプレゼンするって、むずかしいですよ。
「全米を揺るがした被害総額120億円の偽造ワイン事件」を知らない方や、ワインは飲まないし、知らない、という方も多いでしょう。
でも、お正月の格付けチェック番組の、100万円超えのワインと、五千円のワインの違いを見分けられるかな?企画で、
五千円のワインを「これはすばらしい!」と褒めちぎり、100万円のワインをけなしている芸能人の姿を見て、初笑いしたことがある方は多いのでは?
そして、世の中には、五千円のワインのほうを、100万円のワインより美味しいと感じる人が結構な割合でいる。
生田 大和先生風に言えば
「価値とは、何か」
と思ったことがある人は多いのでは?
栗田先生の『カルト・ワイン』は、貧しい青年がブレンドした偽ワインで、金持ちたちをキリキリ舞いさせる痛快な犯罪ものストーリーをテンポよく進めつつ、
土台に「価値とは、何か」「価値を決めるのは、誰か」という普遍的なテーマも盛り込んで、
むずかしいことをやさしく、まじめなことをゆかいに語る娯楽ミュージカル。
そして主演桜木みなとの、都会的な品の良い軽妙な個性で、ゆかいなことはあくまでゆかいに をつらぬいて、とても面白かったです。