宝塚 ライビュ専科の地方民のブログ

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『海辺のストルーエンセ』感想




感想『コペンハーゲンのばら ストルーエンセとカロリーネ・マチルデ編』になりそこねた歴史秘話ヒストリア


※ラストシーンまでネタバレ感想です。


ストルーエンセ先生のオンライン診療を受診『海辺のストルーエンセ』を配信で視聴しました。


お話の舞台は、迷信や伝統的権威を批判し、理性の啓発によって人間生活の進歩・改善を図ろうとする”啓蒙思想”が徐々に普及した時代のデンマーク。


フランス革命の20年も前に、早すぎた「デンマーク革命」を夢見た男の一代記です。


個人的な感想は、


第2幕が趣向倒れで『コペンハーゲンのばら ストルーエンセとカロリーネ・マチルデ編』になりそこねた!惜しい!



第1幕は、ほぼ史実のストルーエンセ


このお話は基本的に史実に基づいており、ストルーエンセ(朝美)も、デンマーク王クリスティアン7世(縣)も、王妃カロリーネ・マチルデ(音彩 唯)も実在の人物です。


(なんと、現在のスウェーデン国王は、ストルーエンセと王妃カロリーネ・マチルデの間に生まれた女子の子孫にあたるそうです)。





ドイツ出身のデンマーク政治家。精神障害のあるデンマーク王クリスティアン7世(在位1776‐1808)の主治医となり,1770年宮廷に入り,王妃カロリーネ・マチルデと情を交わし,同年枢密顧問会を廃止し,翌年自らが〈宰相〉となる。


その地位にあった16ヵ月の間に約2000の法令を発布し,自ら啓蒙主義改革者として言論の自由,拷問の禁止等をはじめ政治的・経済的にきわめて自由主義的色彩の濃い政策を敢行した。


19世紀の経済的・社会的改革の先駆者として歴史的には評価されてはいるものの,時代の被抑圧者らの理解も得られることなく,その独裁的性向,性急すぎる改革,王妃との不貞,デンマーク語の不使用が,宮廷・軍部内の反対者を結集させるところとなり,


第1王位継承者フレゼリクFrederik(1753‐1805)やグルベアを中心とする反ストルーエンセ派によって1772年1月17日逮捕され,4月28日斬首された。


中野京子著『残酷な王と悲しみの王妃2』という書籍によると、


史実では、ストルーエンセは医師としては大変に優秀な方だったそうです。


デンマーク王クリスティアン7世は、かつては統合失調症を患っていたと考えられていましたが、


現代では、彼は決して愚かとか意思無能力ではなく、今でいう発達障害・アスペルガー症候群の傾向があったのではないか、という説があるそうです。


当時の医学では、まともな精神医療など施されていなかったのですが、


ストルーエンセは王に対して、臣下というよりはカウンセラー的な態度で向き合い、王の生きにくさに理解を示し、サポートすることで、王の精神状態も改善に向かい、彼の全幅の信頼を得ることに成功。


王妃カロリーネ・マチルデは、クリスティアン7世のいとこにあたり、聡明で啓蒙思想に惹かれ、政治改革を夢見る生真面目な女性だったそうですが、


家系的に血液中の赤血球に異常をきたす難病を抱えていたらしく、夫の夜遊びや暴言に加えて、慢性の体調不良に悩まされていたそうです。


メンタルに問題がある国王と、フィジカルに問題がある王妃の元に、有能で野心的な医師が現れ、彼らの苦悩を和らげるのに成功したら、若いカップルが心酔するのも、無理はないですよね。


第一幕では、史実にそって、改革に燃える野心的なイケメンが、旧態依然としたデンマーク王宮を批判し、籠の鳥になっている王と王妃を勇気づけ、「3人で頑張ろうぜ!」という青春ものとして面白かったです。



第2幕が、モチーフをはめ込み過ぎて趣向倒れ


でも第2幕では、ちょっと人物の心理の変化の描写に物足りない点があったり、モチーフをはめ込み過ぎて趣向倒れになった感があります。


第2幕になると、ストルーエンセ先生は唐突に


「王宮に巣食う愚かな皇太后や貴族たちの言うことなど、聞かぬ!媚びぬ!顧みぬ!」


と、突然横暴な独裁者に変貌。16ヵ月の間に約2000の法令が発布され、デンマークは大混乱。


聡明だった王妃は「ストルーエンセ先生!カッコイイ!そこにシビれる!あこがれるゥ!」


クリスティアン7世が、「ちょ、ま、それヤバいって!」と動揺するほどで、彼が一番常識人に見えてくる。


だんだんストルーエンセに感情移入できなくなり、観客の物語への視線が「ストルーエンセアングル」から「クリスティアン7世アングル」に切り替わってしまう。


デンマーク王宮はシェイクスピアの「ハムレット」の舞台となったところで、本作でもシェイクスピア芝居のモチーフが趣向として散りばめられています。


ストルーエンセと王妃の密会の場に、王が突然現れて、ストルーエンセの首を絞めて、


「ごめんごめん、シェイクスピアの「オセロ」ごっこだよ」


え、「シェイクスピアの芝居ごっこ」で、急に首を絞めて去っていくの?



終幕、皇太后や貴族たちに反旗を翻され、追い詰められたストルーエンセは王に対して「俺はデンマークなんて愛して無かったんだ!」などと暴言を吐く。


史実とは違いますが、


「ああ、ストルーエンセは、王に自身への死刑命令に署名させる代わりに、彼の剣にかかって死にたいので、心にもないことを言っているのだな。」


「ハムレット」のラストの決闘シーンの「趣向」だと、わかる。わかるのですけれど。


惜しいなあ。「趣向」が、人物の心理の綾を掘り下げ深めて行く効果より、「え、なぜそんな行動をとるの?」という戸惑いが勝って、趣向倒れに感じてしまいました。


ラストは、ストルーエンセの「早すぎた革命が挫折した無念」よりは、「若き王が挫折を乗り越え、彼の遺志を継いで真の君主としての自覚に目覚める話」に見えてきて、ちょっと話の軸がぶれたような感があります。


縣ファンとしては彼の成長が嬉しいのですが、朝美さんが主演の話なので、ラストはもう少し逮捕劇~処刑のサスペンス的な盛り上げがあってもよかったのでは、と思いました。