なぜに魔女?『ライラックの夢路』
『Lilac(ライラック)の夢路』-ドロイゼン家の誇り-の宝塚大劇場千秋楽の配信を視聴いたしました。
遠征して生観劇もしたのですが、初見では、正直、
「作・演出の謝先生は、ドイツの鉄道や製鉄事業の歴史のどこに惹かれたのか?」
「鉄道のお話に、なぜ魔女が出てくるのか?」
がよくわかりませんでした。
正直、日本の鉄道ファンの中でも「ドイツの鉄道史」に興味がある層はレアでしょう。内輪受けと言われようが『小林一三伝』にしたほうが、まだ日本の宝塚ファンに親切だったのでは?
観劇後、謝先生の作品制作のインスピレーションの元になった『鉄道のドイツ史』という書籍を拝読しまして、やっと先生がなさろうとしたことが見えてきました。
謎1:謝先生は、ドイツの鉄道のどこに惹かれたのか?
考察:謝先生は、「メロドラマ」「車両やレールのこと」を書こうとしていない。
『鉄道のドイツ史』の著者である鴋澤歩(ばんざわ・あゆむ)先生は、大阪大学大学院の経済学研究科で教授をされている経済学者です。
『鉄道のドイツ史』には、レール作成や車両開発の苦難といった、鉄道の技術面のことはあまり書かれておりません。
メインの論考は、それまで海に浮かぶ小島のように散らばっていた都市が鉄道によって結ばれることで、ドイツの経済的な発展のみならず、「俺たちドイツ人、仲間!」という国民国家意識の形成にも繋がった、というお話です。
1815年、大小さまざまな主権国家の集合体・ドイツ連邦が誕生。以降、ドイツは帝国、共和国、ナチス、東西分裂、そして統一へと、複雑な軌道を疾走した。本書は、同時代に誕生した鉄道という近代技術を担った人びとと、その組織からドイツを論じる。
統一国家の形成や二度の世界大戦などの激動に、鉄路はいかなる役割を果たしたのか。「富と速度」(ゲーテ)の国民経済を模索した苦闘とともに、「欧州の盟主」の実像を描き出す。
謝先生は、宝塚で「ドイツ統一国家の形成に鉄道はいかなる役割を果たしたのか」を表現したくて、
地方行政の目線を代表する官僚の次男フランツ、
軍隊の目線を代表する三男ゲオルグ、
政治家の秘書四男のランドルフ、
ドイツ音楽文化を代表する五男のヨーゼフ
を設定したのでしょう。
(鉄道ファンより宝塚ファンに向けて作品を書いて欲しいとは思うのですが・・・)
謎2:鉄道のお話に、なぜ魔女が出てくるのか?
考察:大枠でドイツの作家ゲーテによる、魔女も出てくる『ファウスト第2部』を参考にしたから
『Lilac(ライラック)の夢路』-ドロイゼン家の誇り-の冒頭で、物語はゲーテが死んだ1832年から始まることが明かされます。
そして物語は「魔女たちの語り」で進んで行くのですが、なぜ19世紀の鉄道のお話に魔女が出てくるのか?
個人的に思うのは、謝先生は、「ドイツ統一国家の形成に鉄道はいかなる役割を果たしたかったのか」のテーマに加えて、
「ドイツのお話だから、ドイツの文豪ゲーテの作品の要素を入れよう」
とされたのではないでしょうか。
ゲーテの代表作『ファウスト』第1部は、いわゆる『舞姫』のようなお話です。
『ファウスト』第2部はがらりと変わって『国を豊かにするものは何か』がメインテーマです。
ゲーテは、ドイツのヴァイマル公国という小国の閣僚として政治・行政に関わっており、「国家を富ませるものは何か」は切実な問題でした。
『鉄道のドイツ史』でも、ゲーテによる「富とは速度である」というキーワードが出てきます。速度を富に転換するのがまさしく鉄道ですね。
そして『ファウスト』といえば、有名なのがブロッケン山で魔女たちが魔王を囲んでの乱痴気騒ぎが繰り広げられる「ヴァルプルギスの夜(魔女の夜)」のシーン。
古代 の ワルプルギス の 夜 の場面、冒頭の魔女の独白のシーン
魔女 エリヒトオ
わたし は エリヒトオ と 云っ て、 陰気 な 女 だ が、
これ までも 度々 出 た よう に、 今夜 の 気味 の 悪い 祭 に 出掛ける。
やくざ 詩人 共 が 度 はずれ に 悪く 云う 程、 わたし は 悪い 女 では ない。
一体 詩人 は 褒める にも 毀 る にも 止 所 が ない。
ゲーテ ヨハン・ヴォルフガング・フォン. ファウスト (森鴎外訳).
『ファウスト』の「女を捨てる男」「魔女の言い分」、
五男のヨーゼフの顛末は、
日本の中学校の音楽の教材でおなじみ、ゲーテの詩にシューベルトが曲をつけた歌曲「魔王」
「お父さん、怖いよ、魔王に連れていかれそうだよ」
魔王[シューベルト版](Erlkönig)【歌詞和訳カタカナ付き】
がモチーフなのでしょうか。