宝塚 ライビュ専科の地方民のブログ

宝塚を「好き」という気持ちを因数分解してみたい、という思いで綴っています

『ドン・ジュアン』感想




『ドン・ジュアン』

≪DON JUAN≫ un Spectacle Musical de FELIX GRAY

Licensed by NDP PROJECT

潤色・演出/生田 大和   




……スペイン、アンダルシア地方。赤い砂塵の吹き荒ぶセビリア。


女、酒、そして目眩(めくるめ)く快楽を追い求め、悪徳と放蕩の限りを尽くして生きる男がいた。


あらゆる男が憎みを募らせ、数多の女たちを魅了してきた、男の名はドン・ジュアン。


それは或る夜のこと。ドン・ジュアンは高潔な騎士団長の娘を、欲望のままに誘惑する。


娘を穢されたと知り、怒りに駆られた騎士団長は勇敢にも決闘を挑むが、ドン・ジュアンの非情な剣に命を奪われる。


しかし闘いが終わり、立ち去ろうとするドン・ジュアンの前に、不気味な影が立ちはだかる。


それは、確かにこの手で葬った筈の騎士団長の亡霊。


「いずれ『愛』によって死ぬ。『愛』が呪いとなるのだ」


と、呪詛の言葉を遺し亡霊はドン・ジュアンの前から姿を消す。


亡霊の言葉など……恐れること無く、日毎夜毎ドン・ジュアンは変わらず快楽に生き続ける。


だが、騎士団長の石像を作る彫刻家のマリアと巡り会ったことでドン・ジュアンの運命が変わる。


そしてそれは、彼を破滅へと導く「愛の呪い」の始まりであった……



この作品のキモは、「ドン・ジュアンはマリアのどこに惹かれたのか」なのだと思います。


普通、2,000人以上の女性を渡り歩く男と、石の彫刻家の女性って住む世界も価値観も違い過ぎて、話が合わないと思うんですよ。


劇を見ていても、正直「あ、2人はここで惹かれたんだな」ポイントがよくわからなかったので、自分なりに妄想で補ってみました。


まとめ:ドン・ジュアンは、自分の人生を「作品」にしてもらいたがっている。


「Don Juan」は、17世紀スペインの伝説上の人物。


元の伝説では、


”プレイボーイの貴族で、貴族の娘を誘惑し、その父親(ドン・フェルナンド)を殺した。その後、墓場でドン・フェルナンドの石像の側を通りかかったとき、戯れにその石像を宴会に招待したところ、本当に石像の姿をした幽霊として現れ、大混乱になったところで、石像に地獄に引き込まれる。”


このお話はモーツァルトのオペラの題材になったことで、モーツァルトの音楽が人類を魅了する限り続くだろう命を得ました。


※モーツアルトのオペラ版のラストは元の伝説とほぼ同じ。

新国立劇場オペラ『ドン・ジョヴァンニ』ダイジェスト映像 Don Giovanni-NNTT


数多のクリエイターにインスピレーションを与えてきたお話で、最近では村上春樹の『騎士団長殺し』という作品の題材になっています。


「Don Juan」伝説には、クリエイターに「騎士団長の亡霊」とは何のメタファー(比喩)か?という謎へ自分なりの解釈をしてみたい、という欲求を沸き立たせるものがあるのでしょう。


宝塚版『ドン・ジュアン』は基本、愛欲に溺れて生きる男が、真実の愛を見つけたと思った矢先に、恋人のフィアンセに刺されて死ぬというベタなお話です。


ベタなお話に個性を与えるのは、主人公に呪詛をかける「騎士団長の亡霊」と、


目に見えるものでなく、「石の声を聞きたいの」という欲求を語る石の彫刻家のヒロイン・マリア。


マリアは、近代以前の女性クリエイター自体が珍しい時代に、男性でも大変な「石の彫刻家」という職業を選んでいる時点で、ただのヒロインではありません。


「石の声を聞いて作品を彫りたい」とは、芸術家のイデアへの憧れ、


「目に見えるものではなく、心の眼で見たものを形にしたいの」


を端的に語っているのでしょう。


絵画や木造彫刻より「石」のほうが、芸術の「時を超えて残る」チカラに説得力がありそうです。


マリアは仕事として騎士団長の彫刻の作成依頼を受けていながら、劇中では”騎士団長の顔”のイメージがわかず、手つかずのままになっています。


ドン・ジュアンは騎士団長の亡霊の呪いのとおり、『愛』を知り、『愛』によって死んだ。


残されたマリアは、おそらく「騎士団長の石像」を完成させるでしょう。


ドンジュアンの人生はマリア作「騎士団長の石像」によって現実化され、街をゆく人々に


「昔、この石像に「愛の呪い」をかけられたプレイボーイがいてね」


と語り継がれ、だんだん観光地化し、ついには国境も時代も越えて


『ドン・ジュアン伝説』


として後世の宝塚ファンにまで考察されるようになる。


ドン・ジュアンは騎士団長の呪いによって若死にし、伝説となり、人類の文化史にその名を残したのだ。