SAPA感想①SAPAとは 引き合う孤独の力である
夢? 真風氏の、夢?
この場所は、知らない・・・こともない。
今私は映画館を出て、うどんを食べているから、うどん県にいるはずだ。
なんでだろう。私、3時間の間に、水星に行って帰って来たばかりのような気がするわ(笑)
ということで、私、やっと「ライビュ専科」に戻れました!わーいーっ!
普段は家の40インチのTVかPC画面で見るばかりだったので、映画館の大画面と音響で、
久々に画面の中の異世界を、自分もSAPAに向かって歩いている巡礼感覚を味わえました。ありがとうライビュ。
私は読書感想文が苦手でして💦
ところで、このブログを読んでくださる方は、うすうすお気づきのことと思いますが、
私、お話のあらすじを手短にまとめるとか、トップさんや退団者の方の挨拶要旨をまとめるのが苦手、というか覚えられないうえに、
個々の生徒さんの演技の良しあしについても、そもそも宝塚に限らずTVドラマでも演技の上手い下手がよくわからない、「カメラに写っていない演技を見られていない」ので、語りづらくて・・・
いつも他のブロガーさん達の記事を拝読して、記憶を掘り起こす手がかりとしております。ありがとうございます。
ということで、これから何回かに分けて綴るのは「SAPAを映像で見た際に、私の心にうつろったよしなしごと」でございます。感想なのかなこれ
なんで「水星」なんでしょうねえ
宙組公演『FLYING SAPA -フライング サパ-』制作発表会パフォーマンス(ノーカット)
あらすじ
未来のいつか、水星(ポルンカ)。過去を消された男。記憶を探す女。謎に満ちたクレーター“SAPA(サパ)”。到達すれば望みが叶うという“SAPA”の奥地。夢を追い、あるいは罪に追われてクレーターに侵入する巡礼たち。過去を探す男と女もまた、その場所へ…。
追撃者から逃れて、2112時間続く夜を星空の孤児たちは彷徨する。禁じられた地球の歌を歌いながら──
そもそも地球でも成り立つ話だよね。(旧ソ連とか)
このお話は、枠組みとしてはよくあるディストピア(反ユートピア)の物語
ディストピアと言っても、北斗の拳的な、無政府状態でモヒカン野郎がヒャーハーではなく
表向きは科学、理性、思いやりと言ったユートピアを掲げているのだけれど、その裏に孕む過度の干渉、管理、堕落、暴走の恐ろしさをえぐるお話です。
この手の話を書くのなら、べつに未来の水星の話でなくてもいいよねえ、と思うんですよ。
たとえば冷戦中の共産圏が舞台でも、成立する話のような気はする。(人類補完計画の実現性は置いておいて)
なんで水星が舞台なんだろう。月とか火星が舞台の話は昔からあるから、手あかがついていない水星を選んだのかなあ。
設定では「太陽の核融合が衰え、地球に熱が届かなくなった時代」ですが、それは10億年単位先の未来の話で、そのころ人類が今の姿で存在しているのかしら。
宇宙全体で3万固体のみ 絶滅危惧種となった人類の孤独
三宅純氏の、どこか温度や湿度や有機物の匂いのしない、無機質な寂しい響き。
妄想ですが、ウエクミ先生は、三宅氏の音楽で「絶滅危惧種となった人類の孤独」を通奏低音にしたかったのかなあ。
今の日本は、少子化で地方は過疎とはいえ、人口1億2,000万人以上。世界では70億人以上いる。新型コロナウイルスでも人類は生き延びるだろう。
このお話では、地球が滅んで、地球を脱出する最後の宇宙船に乗れたのは約30,000人。
さん まん にん
うどん県の私が住んでいるまちの人口より少ない・・・そんだけのニンゲンしか、この広大な宇宙にいない・・・
パンダより孤独だわ。
ウエクミ先生は、SF界隈では「よくあるお話」の枠を借りて、個々のニンゲンの男女の愛憎を超えた
地球が舞台ではピンとこない「この広大な宇宙における人間存在の寂しさ」も描きたかったのかなあ。
「美しい花」がある 「花の美しさ」というものはない
というけれど
「さみしい人間」がいて 人間の「さみしさ」を透明な結晶として抽出した宝石を見ているような感覚。
今回の舞台を見て思い出したポエム
二十億光年の孤独 谷川俊太郎
人類は小さな球の上で
眠り起きそして働き
ときどき火星に仲間を欲しがったりする
火星人は小さな球の上で
何をしてるか 僕は知らない
(或はネリリし キルルし ハララしているか)
しかしときどき地球に仲間を欲しがったりする
それはまったくたしかなことだ
万有引力とは
ひき合う孤独の力である
宇宙はひずんでいる
それ故みんなはもとめ合う
まとめ
SAPAとは ひき合う孤独の力である
ニンゲンはひずんでいる
それ故みんなはもとめあう