宝塚 ライビュ専科の地方民のブログ

宝塚を「好き」という気持ちを因数分解してみたい、という思いで綴っています

和希そらのラスト・ダンスを称えて




『ボイルド・ドイル・オンザ・トイル・トレイル』と『FROZEN HOLIDAY(フローズン・ホリデイ)』の東京宝塚劇場の千秋楽を拝見しました。


クリスマスソングとお正月ソングに溢れた『FROZEN HOLIDAY』を、2024年2月11日に聞くとさすがに「時期に合わない」感を感じるかな、と思っていました。


考えてみれば、日本以外のアジアの国では、今年のお正月は2月10日(土)に祝う国が多数ですし、


キリスト今日関係でも、ロシア正教ではユリウス暦という暦を今でも採用しているため、クリスマスは1月7日と定められています。


年が明けてからクリスマスを祝うのも、2月の「ハッピーニューイヤー!」も、別に時期遅れでもないのですね。



はなむけのラスト・ダンスは、誰だって退団者オーラに満ちて感慨深いものですが、


和希そらのラスト・ダンスは、神々の山嶺のように冷たく澄んでいた。



チンギスハーンの出生を語る神話の冒頭にある


「上天より命ありて生まれたる蒼き狼ありき。その妻なる惨白き(なまじろき)牝鹿(めじか)ありき」


俗世を超越した惨白きオーラをまとい、神々の山嶺を駆け抜けていった牝鹿よ。あなたが磨き上げた至芸に、心から敬意を。

三谷幸喜よなぜ許可した『記憶にございません!』



政界コメディ

『記憶にございません!』

-トップ・シークレット-

原作/映画「記憶にございません!」 ©2019フジテレビ 東宝

映画脚本・監督/三谷 幸喜

潤色・上演台本・演出/石田 昌也


三谷幸喜脚本・監督により2019年に上映され、大ヒットを記録した映画「記憶にございません!」。憲政史上最低の支持率を叩き出した総理大臣・黒田啓介が、記憶を無くしたことで巻き起こす騒動を描いた政界コメディを、宝塚歌劇で舞台化。


史上最悪のダメ総理と揶揄される黒田総理は、投げつけられた石が頭に当たったことで記憶を失ってしまう。


子供の頃のことは覚えているが、政治家になってからの記憶がそっくり抜け落ち、妻・聡子の顔すら忘れてしまう。


前代未聞…現職総理の記憶喪失に、首相秘書官の井坂らは、この事態をトップ・シークレットとして扱い、黒田に無理やり政務を続行させる。


一方黒田は、記憶を失ったことでこれまで自分が行ってきた(らしい?)不倫、汚職、暴言等、数々の悪行を知り唖然。


国民の為に襟を正し、真摯に政治に向き合っていく黒田だったが、アメリカ大統領の訪日により官邸は再び大騒動に…。


文〇:宝塚で今『記憶にございません!』というタイトルの舞台を上演することは、観客に例の記者会見の記憶を想起させるのではありませんか?


〇潮:この企画は演出家の原作愛からですか?〇〇理事長と〇会長に何かウラの意図があるのでは?


〇性自身:ブログ村をご覧になったことはありますか?宝塚ファンのブロガー達が今回の件についてどう言っているか、御存じですか?


〇イリー:次の株主総会...


管理人:私、NISAで阪急阪神HDの株を購入しました!





それは存じておりません♪


まったく記憶にございません♪


秘書に聞かなきゃわかりません♪


誠に遺憾でございます♪


善処しましょう粛々と♪



さあ皆さんごいっしょに♪



まったく記憶にございません♪


なーんも記憶にございません♪


ひとつも記憶にございません♪




映画『記憶にございません!』予告



映画『記憶にございません!』特別映像「まったく記憶にございません」MV



管理人:礼真琴の年齢設定はどうするのかしら。30代くらい?


SNSを駆使して、「政治について語るなんて、やばくね?」という若者を論破したり寄り添ったりする人間味あふれる政治活動が評価され、当選。


日本の総理就任年齢の最年少記録を大幅に更新するも、政界のライバルから妬まれ、文〇砲で不倫、汚職、暴言等、数々の悪行の濡れ衣を着せられ...って感じ?


紅子:三谷幸喜さんが原作映画の宝塚での舞台化を許可して、脚本・演出に納得されていらっしゃるなら、まったく言うことはございません。


管理人:舞台を見る客にとっては、


「原作者の意向に沿った舞台」か「原作者の意向に沿わない舞台」どっち?


は、正直どっちでもいいわ。


「面白い舞台」か「面白くない舞台」か、


それだけよ。


紅子:板の上に乗った舞台が面白いかどうかを決めるのは、原作者でも、SNSでフォロワーの多い投稿者の声でもないわ。


見た客がどう思うか、それだけよね。

『RRR × TAKA"R"AZUKA ~√Bheem~』感想


星組公演『RRR × TAKA"R"AZUKA ~√Bheem~(アールアールアール バイ タカラヅカ ~ルートビーム~)』を配信で視聴しました。



原作映画「RRR」はインドでは2022年公開、日本でも2023年に公開されて、SNSに”「ナートゥ」ダンスを踊ってみた”動画が次々に投稿されるなど、大いに話題になりました。




お話の舞台は、1920年代、イギリス統治下のインド。


さらわれた女の子を助けたい一心で総督邸に忍び込むビーム(礼)が主人公、ということになっていますが、


物語を進める原動力は、イギリスの警察官として働きつつ、いつかイギリスの武器を奪い、蜂起を目指すラーマ(暁)にありましたね。



ポスターの 


”友情か?使命か?愛か?”


のうち、


”友情か?使命か?”


がストーリーの軸としてぶれずに描かれていて、見やすい物語でした。


”愛か?”は、宝塚的な男女の愛より


”故郷への愛” ”愛国心”


が前面に出ていたかなあ。


最近、「原作マンガを映像化する際に、原作者の意図から外れた改変が行われることがある」問題について、議論が活発になっています。


3時間越えのCGアクションを駆使した大作映画「RRR」を、日本の宝塚で上演するために半分の90分に刈り込んで、


かつ、インド側のスタッフが作品に込めた「核となる想い」を尊重しなければならない。


谷貴矢先生は、原作の10分ごとに観客の予想外の展開が続く怒涛のストーリーを半分に刈り込んだうえで、できる限り事件の伏線を貼り直し、心理の綾を補った脚色で、


「あらすじ要約」にならずに「ビームとラーマの想いの変化」を感じるストーリーになっていたと思います。




「RRR」といえば、


「サルサでもない、フラメンコでもない、“ナートゥ”をご存じか?」

Naatu Naatu Full Video Song (Telugu) [4K] | RRR | NTR,Ram Charan | MM Keeravaani | SS Rajamouli


のシーンが有名です。


実は原作映画でのダンスシーンは、上記のシーンとエンディングの2か所しかないのですが、


エンディングは洗練された「ナートゥダンス」とはうって変わって、本場の手加減無しのインドカレーのような、むせかえるヒンドゥー・ナショナリズムの臭いに溢れており、初めて見る方はちょっとびっくりするかもしれません。


そもそも、ビームとラーマは、コマラム・ビームとアッルーリ・シータラーマ・ラージュという、イギリスのインド支配に武力で立ち向かった実在の人物で、現地では「英雄」と尊敬されているそうです。




Etthara Jenda Full Video Song(Telugu) | RRR | NTR,Ram Charan,Alia,Ajay Devgn|Keeravaani|SS Rajamouli


振られている旗は現代のインド国旗ではなく、独立戦争の時代に使われた「民族旗」「ヴァンデー・マータラム・フラッグ」


映像の背景に登場する肖像は、スバース・チャンドラ・ボース(インド国民会議派の有力リーダー)をはじめ、イギリス統治下でインド解放のため活動したリーダーたち。


ただし、「非暴力・非服従」で有名なガンジーは外されています。


現代に近い時代に、体制に対して暴力で対抗した人物をどう扱うか。


彼らは「英雄」「偉人」か、「テロリスト」なのか、といった議論は国により、時代により、立場によりとてもセンシティブで、


日本で商業ベースで原作映画「RRR」のヒンドゥー・ナショナリズムの色合いをそのまま舞台に載せることは、難しい問題をはらんでいると思います。



谷貴矢先生の演出は、原作映画の随所にある


「鬼畜英国!インドを支配し迫害したイギリスなんて、大っ嫌いだ!」


「暴力には暴力を!これぞ非服従!」


「英国VSインド魂!」


というヒンドゥー・ナショナリズム的な価値観をなるだけ薄め、


「極悪非道な総督夫妻が悪い」


「ワルツもいいけど、インドのナートゥダンスもいいよね!」


という軸を打ち出そうという配慮を感じられました。

『Golden Dead Schiele』正直感想



「角を矯めて牛を殺す」妙にキラキラにしたせいで死んじゃったシーレ


『Golden Dead Schiele』の配信を視聴しました。



エゴン・シーレ略歴


ヒットラーが入りたくてたまらなかったウィーン美術アカデミーにすんなり合格、あっさり退学。


「俺は自分の描きたい絵を描くんだ!」とプライドが高く、衝突が絶えなかったが


シーレ「僕には、才能がありますか?」


クリムト:「君には、才能がありすぎる」


と評価され、支援を受ける。


クリムトに「ハチミツ色の金髪と青い目をもつ」17歳の少女ヴァリ・ノイツィルを紹介され、同棲を始める。


展覧会にエロティックな絵画を出品しては非難され、


家出少女を家に宿泊させたことがきっかけでトラブルになり、「猥褻(わいせつ)画の頒布」の罪で絵を燃やされ、投獄される。



献身的に尽くしてくれたヴァリに


「経済的なメリットのために、金持ちの娘と結婚する。でも君との縁も切りたくないから、結婚後も夏のバカンスには不倫旅行に付き合って」


などとぬかし、ヴァリは愛想をつかして従軍看護師となる。


裕福な家庭出身のエーディトと結婚するも、新婚3日めに招集される。


戦地から帰り、戦地で亡くなったヴァリ(乙女)と、彼女を「死」に追いやった自身をモデルにした作品「死と乙女」が評価を得る。


「俺の人生の黄金期は、これからだ!」と思った矢先、


スペイン風邪により、妻が死去。自身も妻の死の3日後に死ぬ。


・・・



管理人:個人的には、生で見て衝撃を受けた作家さんなんだけどね。


モデルの皮膚の下にある、見えない何かを描けるのが、天才たるゆえんなんだろうな。


クリムトのヌードの皮膚には、女の血潮の温度を感じる。


エゴン・シーレのヌードの皮膚には、女の神経を感じる。モデルの神経を流れる、ヒリヒリとした痛みを見る者にも追体験させる。


彩海せらの、目の周りの筋肉のこわばらせかたが、有名な自画像そっくり!




紅子:モラハラくそ野郎を、ポエムで弁護するんじゃないよ!


管理人:芸術だから!ゲージュツ!


紅子:ゲージュツなら、何してもいいの?


エゴン・シーレに、もうムカついてしょうがない。このゲスの極み青年!


管理人:まあ、シーレの作品が、「彼にしか描けない絵を描いた」として評価される理由は、


「女体のヌードを描くときは、「古代ギリシャの女神像」を描いた、偉大な芸術でなくてはなりません」


「芸術か、エロか」


「これはエロではありません。芸術です」


「これはエロティックですが、ポルノグラフィティではありません。エロティック・アートというアート…」


「エロい絵を描いて公表することはモデルへの性加害です!作品の撤去を!」



うんぬんと論議をふっかけてくる世間やら警察やら裁判官やらに


うっせえ、うっせえ、うっせえわ


俺は、目の前の女への欲情こそを描きたいんだよ!


血走った眼の何が悪い!



と、100年たっても喧嘩をふっかけ続けてくるところがあるからだと思うのね。


紅子:宝塚の舞台で、シーレのやばいところや、ゲスいところを微妙に漂白して、



【死と乙女】恋人たちの別れの悲劇…ではない!?エゴン・シーレ衝撃の畜生エピソード大爆発【戦前の分裂と崩壊への不安感】


シーレ:俺が描きたかったのは、「死」と「乙女」です。


ー幕ー


…もう一押ししてほしかったなあ。


「「死」と「乙女」は、美術館の絵のタイトルに書いてたから知ってる」


と思っちゃうのよね。


管理人:エゴン・シーレを題材にして、「綺麗な悲劇」にしているんだけど、ちょっと雰囲気で押し切られちゃったかなあ。


大戦で崩壊寸前のハプスブルク帝国への不安感とか、もう2歩くらい踏み込んで欲しかった気もするけど。


紅子:「死」のダンサーも、宝塚では見飽きちゃった演出だしね。


管理人:受験同期のヒットラーを出すわけにもいかないだろうし、難しい。

礼真琴『BIG FISH』に舞空瞳が出ない理由




まるでお伽噺のように自らの人生を語り、周囲を魅了するエドワード・ブルーム。


未来を見通す魔女や、共に旅に出た巨人の話、サーカスでの最愛の妻サンドラとの出会い等、彼の奇想天外な話は幼い息子ウィルを虜にしていた。


しかし、大人になるにつれ全ては作り話に過ぎないと考えるようになったウィルから、エドワードは距離を置かれるようになってしまう。


ある時、病に倒れた彼の元へ久々にウィルが帰ってくる。


父の人生が本当はどういうものだったのかを知りたいと考えたウィルがその足跡を辿り始めると、次第にエドワードの真実の姿が明らかになっていき…。






映画『ビッグ・フィッシュ』2003年公開 父と息子の絆を描く。ティム・バートンが贈る心あたたまるファンタジー!〈デジタル好評配信中!ブルーレイ&DVD発売中!〉#TBT



ミュージカル『ビッグ・フィッシュ』2019 プロモーション映像


礼真琴主演ミュージカル『BIG FISH』に舞空瞳が出演しないことで、SNSでいろいろと言われているようですね。


個人的には、星組のトップコンビの退団時期とか人間関係がどうこうというより、『BIG FISH』という物語は「父エドワードと子ウィルの和解」をテーマにしたお話なので、トップ娘役は出演せず別行動なのかな、と思っています。




「おとうさんはね、5メートルの大男と戦ったことがあるんだ」


3歳の息子に語るなら「いいお父さん」なんだけど…


はたちを過ぎた息子の結婚式のスピーチで「自分が巨大な魚を釣った話」を延々と繰り広げる親父ってどうなのでしょう。


(英語で「a fish story」は「大げさな話」や「ホラ話」「大うそ」という意味があるそうです)


とうとう息子から


「父さん、今日の主役はオレだから!」


とケンカになって、距離を置かれてしまう。



数年後、息子の元に母親から「おとうさんが病気で...」と連絡があり、駆け付けてきたのに、おやじは相変わらずほら話ばかり。


父の人生は本当はどういうものだったのか?調べていくと、ほら話と思っていたエピソードには意外な真実が…



というタイプのお話で、女性キャストは「父の過去の恋人(息子の母)」や「息子の妊娠中の妻」といった立ち位置です。


ブロードウェイミュージカルの版権元との交渉上「正規ヒロイン」は置かないことになったのでは?